宝塚の手塚治虫記念館を探索!祇園の漢字ミュージアムと鴨川納涼床を堪能☆

近畿旅行

☆兵庫~京都旅行シリーズ|2018年7月25日(3日目)☆

 

皆さんこんにちは!
今日ははじめに宝塚の手塚治祈念館、そして京都の漢字ミュージアムと祇園を堪能してきました。

 

手塚治虫記念館

花のみちと案内の石

宝塚駅から少し歩くと、阪急宝塚駅に辿り着き、そこから「花のみち」をとおります。

花のみちの地面に描かれた手塚治虫作品のキャラクター「鉄腕アトム」

花のみちには所々、地面に手塚治虫作品のキャラクターが描かれています。

宝塚歌劇大劇場の外観

途中で右手に宝塚大劇場が見えます。昨日はこちらで宝塚を鑑賞してまいりました!(詳しくはこちらの記事をご覧ください⇒「兵庫県で姫路城探索と宝塚歌劇鑑賞!」

手塚治虫記念館の外観

駅から歩いて15分ほどで手塚治虫記念館に到着です。

手塚治虫記念館の入り口に立っている火の鳥

入口には「火の鳥」が立っており、

レオの手形

傍の地面には様々なキャラクターの手足の跡が彫られていました。
なお、ブラックジャックの手は私のより若干指が長かったです(笑)

手塚治虫記念館の入場チケット

チケット(大人700円)を購入し、入場です。JAF会員や一部の福利厚生に加入している方は1割引きになります。

手塚治虫作品のグッズ

さっそく作品に関するグッズが展示されていました。レトロな感じがして可愛いです♪

なお、私はドラえもん世代(?)なので、それより前の手塚治虫作品はあまり詳しく知らないのですが、「ジャングル大帝」の映画を見たり、「三つ目がとおる」の再放送(だったと思います)アニメを見たことがあります。

手塚治虫について解説しているカプセル

入口の左手には40個のカプセルが並んでおり、手塚治虫の生立ちからお亡くなりになるまでの成長と制作活動が年代別の作品と共に展示されています。

まさに手塚治虫のタイムカプセルですね(*´▽`*)

ここから一部を抜粋してご紹介します。

手塚治虫幼少期の家族写真

手塚治虫は1928年(昭和3年)11月3日に大阪府豊中市で生まれました。その日が明治天皇の誕生日を祝う明治節であったことから「治」と命名されます。お父さんは住友金属のサラリーマンで、カメラや映画が趣味でした。お母さんは軍人の娘で祖先には服部半蔵の名もあり、宝塚歌劇の大ファンでした。

厳格な中にも、趣味的なにおいが強い家族だったんですね。

家族は手塚治虫が5歳の時に、宝塚市御殿山の山林のふもとの別荘に引っ越します。

手塚治虫が幼少期に描いた漫画

手塚治虫は幼少期から絵を描くのが好きでした。紙芝居や漫画を描いて、小学校のクラスメートに読ませていたそうです。小学校3年生のときに描いた「ピンピン生チャン」という作品は、教員室でも評判になったとか。

なお、お父さんも自分で漫画を描くくらいの漫画好きで、そういった家族環境も影響していたようです。

もうこの頃から頭角を現していたんですね!

しかし中学生の頃になると、時代は太平洋戦争に入ります。戦闘訓練が学校の授業に組み入れるようになり、絵や漫画を描くことは不謹慎な行為とされ、手塚治虫は軍事教官たちから問題のある生徒とみなされるようになってしまいました。中学生の手塚治虫が描いた漫画

それでも手塚治虫は漫画を描き続けました。時代は漫画どころではありませんでしたが、理解のある先生の励ましもあったそうです。

なお、手塚治虫が昆虫マニアになったのも中学になってからでした。ある日オサムシとう甲虫の存在を知り、その虫を気に入って自分のペンネームを❝治虫❞に決めたそうです。

ストーリーボードの前に立つ学生時代の手塚治虫

手塚治虫は大阪大学の医学専門部に入学し、当時盛んだった学生演劇に出会って劇団に参加しました。出演の他に、会場ロビーにストーリーを漫画で描いたものも発表したそうです(上写真)。漫画の制作手法にはこの劇団時代の経験も活きています。

関西漫画雑誌「ハロー・マンガ」に掲載された手塚治虫の四コマ漫画

手塚治虫は1946年(昭和21年)に「小国民新聞(現在の毎日小学生新聞)関西版」に「マァチャンの日記帳」の連載でデビューを果たします。連載は好評で、当初1ヵ月連載の予定が3ヵ月に延長され、木製のマァチャン人形まで登場したそうです。

また、関西漫画雑誌「ハロー・マンガ」で四コマ漫画や短編も描くようになりました(上写真)。

手塚治虫の単行本

そして大阪では赤本マンガ本のブームが起き、手塚治虫の作品は全国の子供たちの人気を集めました。赤門出版社の多くは著作権に関する認識が欠けており、無断で複製をつくったり、版権を販売していました。そのため、大量の海賊本が出版されました。

手塚治虫自身はこのような本を自分の作品と認めてはいないものの、手塚漫画の人気のバロメーターになったことは間違いありません。

また、手塚治虫は「スターシステム」を考え出し、読者サービスの一環として登場人物を劇団員のように扱い、作品ごとに異なった役で登場させるようにしたのです。子どもの頃から宝塚歌劇に触れ、学生時代に劇団に所属していた影響がここに現れています。

手塚治虫のアシスタントをした漫画家たちの作品

手塚治虫が膨大な連載を抱えるようになると、漫画家の卵たちが斜線や背景を手伝いようになりました。その中にはデビュー前の『サイボーグ009』作者である石ノ森章太郎や、『ドラえもん』の藤子不二雄もいたそうです。虫プロダクションの撮影スタジオとスタッフたち

1958年、手塚は東映動画の長編アニメ「西遊記」の原案構成・演出を担当し、念願のアニメ制作に参画しました。そして1960年に資本金200万円の株式会社虫プロダクションを発足させます。

「虫プロダクション第一回作品発表会」では『鉄腕アトム』の第一話が上映されました。また、それに続くテレビアニメとして『ジャングル大帝』の放映をフジテレビ系で開始します。各テレビ局や動画プロダクションは続々と制作の名乗りを上げました。

手塚治虫作品『クレオパトラ』のポスター

1968年に手塚治虫は漫画制作のために株式会社手塚プロダクションを設立します。ちょうどこの時期、青年コミック誌が登場します。

また、アニメの持つ自由な表現力や美しさを大人にも伝えたいとかねてから考えていた手塚治虫は劇場用アニメ『千夜一夜物語』を制作しました。なんと制作費1億3,000万円に対して配給収入3億2,000万円です(;゚Д゚)

翌年には第二弾n『クレオパトラ』(上写真)が封切られました。

手塚治虫の『三つ目がとおる』

残念ながら1973年に虫プロ商事と虫プロダクションは倒産してしまいましたが、アニメ制作の夢を絶たれた手塚治虫は再び漫画制作に専念します。1973年には『ブラック・ジャック』を初年チャンピオンで連載。1974年には『三つ目がとおる』(上写真)が少年マガジンに連載されました。

再び手塚ブームが起こり、手塚治虫は漫画とアニメの活動領域を世界に広げます。1963年にはNBCテレビとの契約のためにアメリカを訪問しました。1980年には国際交流基金のマンガ大使として、国連本部で現代日本のマンガ文化についての講演も行っています。

すごい活動をされていたんですね!! まさか国連本部で講演とは・・・(;・∀・)

 

以上がタイムカプセルの大まかな内容でした!

 

手塚治虫記念館のシアター

実はカプセルを順に見ていた途中で、15分のショートアニメの開始時間になったため、シアターに入りました。天井にはキャラクターがたくさん描かれています。

鑑賞した作品は「都会のブッチー」です。手塚治虫の作品ではなく、手塚治虫をイメージした主人公の作品です。

手塚治虫へのインタビュー映像

手塚治虫へのインタビュー映像を見るスペースがありました。
印象的だったのは、「僕にとって漫画が本妻、アニメが愛人だ」とおっしゃっていたことです。
手塚治虫は本来漫画家ですが、アニメ制作にも携わっていて、そのバランスをとることが難しかったそうです。アニメも自分にとって必要だが、本来の漫画を疎かにしないように制作活動することに苦心されたとか。

また、何度も挫折しかけて漫画家をやめて医者に戻ることも考えらえたそうです。
これだけのヒット作品を作る漫画家でも、やはり悩むことがあるんですね。

手塚治虫記念館の地下にあるアニメ制作体験コーナー

地下にはアニメの制作体験コーナーがあり、アニメのつくり方の解説も展示されていました。制作体験は時間の兼ね合いで出来ませんでしたが、作っている人は熱中して制作されていました。

手塚治虫記念館の2階にある作品閲覧コーナー

2階には手塚先生の多数の作品(もはや多すぎて全てなのかどうかも不明ですw)が漫画とアニメで鑑賞できます。

手塚治虫のアニメ作品鑑賞コーナー

キャラクターは知っているのですが、ちゃんと漫画やアニメを見たことは無かったので、代表作「鉄腕アトム」のアニメ第一話を鑑賞しました。

面白かったですが、生みの親に捨てられたアトムが可哀想でした(´;ω;`)ウッ…

 

以上が手塚治虫記念館でした!

皆さんも兵庫県を旅行する際は、ぜひ宝塚で手塚治虫記念館や宝塚歌劇をご鑑賞ください(*^^)v

 

兵庫県宝塚から京都府祇園へ

阪急宝塚線の梅田行き電車

さて、ここからは京都へ舞台を移します。まずは宝塚駅から阪急宝塚線で十三(じゅうそう)駅に向かいます。

阪急京都線の電車の内装

そして阪急京都線に乗り換えます。上写真は京都線の電車の内装です。木を基調としていて、京都らしさを感じます。

河原町駅の周辺の様子

到着しました、河原町駅です! これからこの祇園周辺を探索します。

四条大橋の様子

少し歩くと、四条大橋に着きました。

鴨川とそれに沿って軒を連ねる料理店とお座敷

下には鴨川が流れています。また、川に沿って料理店が軒を連ね、鴨川を観ながらお食事ができるお座敷が並んでいます。

京都で一番古い八ツ橋屋さん「西尾」

京都で一番古い八つ橋屋さん「西尾」

八つ橋屋さん「西尾」の内観

少しお腹が空いたので、カフェで休憩することにしました。京都といえば八つ橋! ということで、八つ橋で有名なお店「西尾」に入ります。なんと京都で一番古いそうです。

西尾の八ツ橋パフェ

こちらでは看板メニューである「西尾の八つ橋パフェ」をいただきました。冷えた八つ橋はアイスやフルーツポンチ、抹茶のマカロンと相性抜群です(*´▽`*)

 

漢字ミュージアム

漢字ミュージアムの外観

京都で最近人気の観光スポットである「漢字ミュージアム」に来ました!

こちらでは漢字の歴史や様々な漢字の豆知識を知ることができます。また、漢字にまつわる謎解きゲームも開催されていました。

2017年の今年の漢字「北」

入場すると2017年の今年の漢字「北」が展示されていました。

漢字ミュージアムの1階の様子

壁にずらりと漢字の歴史が書かれています。また、むかし漢字を書くのに使用されていた筆や、漢字が刻まれた木、亀の甲羅などのレプリカが展示されていました。

万葉仮名で自分の名前の判を押すコーナー

こちらは万葉仮名で自分の名前の判を押すコーナーです。普段とは違う漢字で自分の名前が表現されるのは面白いですね!

階段にある漢字5万字が書かれた柱

二階に上がる階段には四角い柱があり、5万字の漢字が書かれていました。目が痛くなりますね(*_*;(笑)

象形文字の洞窟のコーナーの入り口

二階に上がると、象形文字の洞窟のコーナーがありました。

亀の象形文字

中では様々な漢字と、それに対応する象形文字が描かれていました。なるほど、こちらは亀ですね。

漢字ミュージアムの図書館

象形文字の洞窟を抜けると、漢字にまつわる様々な本が並んだ図書館がありました。

漢字の輪投げコーナー

子供向けに漢字の輪投げコーナーもあります。よく見る輪投げの的と形が違うため難しそうですね(笑)

漢字ミュージアムの2階の様子

その他、2階には漢字に関する様々な豆知識コーナーやクイズコーナーがありました。難しい漢字も多いので、大人でも充分楽しめます♪

烏の漢字にまつわる知識

例えばこちら。「烏」という漢字にまつわる豆知識です。なるほど~( ゚Д゚)このように成り立ちが分かると面白いですね。

注文した寿司ネタの漢字を答えるクイズコーナー

注文した寿司ネタの漢字を答えるという面白いクイズコーナーもありました(笑)確かに魚辺の漢字ってたくさんありますね!

 

以上が漢字ミュージアムの様子です。親子で楽しめる観光スポットなので、家族ずれの京都旅行にお勧めの場所ですね♪

 

花見小路

花見小路の入り口

漢字ミュージアムから四条通りの方へ向かうと、祇園の花見小路に入ります。こちらでは京都の伝統料理を楽しむことができます。

花見小路の観光客と飲食店

花見小路は観光客でいっぱいです。軒を連ねるお店はどこも敷居の高いお店ですね。

 

八坂神社

八坂神社の門

四条通りの突き当りには八坂神社があります。

八坂神社の神輿

八坂神社の中を通ると、金色の綺麗なお神輿を観ることができました。

京都祇園の人力車

八坂神社を出ると、人力車が走っていました。京都の町を案内しながら走ってくれるのが嬉しいですね^^

 

一念坂・二寧坂・三年坂

一念坂、二寧坂の案内板

八坂神社から15分ほど歩くと、一念坂と二寧坂の看板に辿り着きます。

一念坂を見上げた様子ここから坂を上り、一念坂と二寧坂、そして奥の三年坂を上り、清水寺を目指します(*^^)v

ほとんどの人が坂を下っていきます。もう夕方なので清水寺の参拝を終え、そこから坂を下っている人が多いのだと思います。ここには様々な飲食店やお土産屋さんが並び、京都を訪れるたくさんの観光客で賑わっています。

二寧坂の甘味茶屋「梅園」の外観

小腹が空いたので、途中の二寧坂の甘味茶屋「梅園」でみたらし団子をいただきます。

甘味茶屋「梅園」のみたらし団子

俵型をした四つの団子が美味しい黄な粉と蜜に絡まってとても美味しいです!!店内で食べることもできるのですが、せっかくなのでお団子を食べながら二寧坂、三年坂を歩きます。京扇子を販売しているお店

干支のウサギの置物や絵

扇子、ウサギの置物や絵など、京都らしい様々な素敵でかわいい商品を見て楽しみながら坂を上っていきました。

 

清水寺

清水寺の入り口

三年坂を上り、清水寺に到着しました。京都といえば清水寺ですが、今回は別の観光スポットを優先したため既に閉館直前であること、清水寺が修復工事中であることを踏まえ、中には入らずさらっと外観を見て楽しみます(笑)

清水寺の三重塔

こちらは重要文化財に指定されている三重塔です。847年に葛井親王(かどいしんのう)が勅命を奉じて創建されました。

清水寺の入り口

修復工事中の清水寺

清水寺の入り口まで辿り着きましたが、ご覧のとおり奥に見える清水寺には現在修理工事用の幕が張ってありました。清水寺の修理が完了したら、次の機会にまた訪れたいと思います。

 

鴨川納涼床

鴨川納涼床の様子

さて、清水寺をちらっと拝見した後は、先ほどの鴨川に戻り鴨川納涼床を楽しみます。

鴨川納涼床が楽しめる居酒屋「すい月」

四条大橋の細い通りには、鴨川納涼床が楽しめるお店がずらりと並んでいます。どのお店も美味しそうで迷いましたが、今回はこちらの「すい月」というお店にお邪魔します。実は「すい月」の前に入ろうとした別のお店があったのですが、1人では鴨川を眺めるお座敷には座れないと断られてしまいました(笑)さすが人気の鴨川納涼床です。独り者の私も迎い入れてくれた「すい月」に感謝です( ;∀;)

「すい月」の鴨川納涼床

お座敷には30名弱ほどの席があり、鴨川納涼床がのんびり楽しめる空間が用意されています。外人の観光客ファミリーやカップル、会社の同僚のお客さんで賑わっています。独り者の私が入るとチラ見されましたが、「鴨川の風景とお酒があれば気にならない(`・ω・´)」と信じ堂々と席に座ります!(笑)

鴨川納涼床から眺める鴨川

こちらが席から眺めた鴨川の様子です。

京都地酒「月の桂」とお通しのひやむぎ

京都地酒「月の桂」とお通しのひやむぎです。良いお店はお通しも絶品です。

醤油か梅肉をつけて食べる鱧(ハモ)の落し

鱧(ハモ)の落しです。醤油か梅肉をつけていただきます。噛むほど鱧の芳醇な香りが口に広がります。

ホタルイカの柚子胡椒漬け

ホタルイカの柚子胡椒漬けです。柚子胡椒の辛さがプリプリのホタルイカによく合います♪

夜の鴨川の河辺

お食事を堪能した後はお店を出て河辺に降り、鴨川納涼床のお店の光と静かな鴨川の雰囲気をのんびり楽しみました。

 

以上が鴨川納涼床です! 鴨川を楽しみながらのお食事は最高でしたヾ(*´∀`*)ノ

皆さんも鴨川を観光する際は、たとえ一人でもぜひ鴨川納涼床をお楽しみください!(笑)

 

ファーストキャビン(FIRST CABIN)京都烏丸

夜の四条通り

四条通りを歩いて今夜のホテルに向かいます。午後8時くらいですが、たくさんの人で賑わっています。お店もたくさん開いており、京都のぶらり散歩が楽しめます。

ファーストキャビン(FIRST CABIN)京都烏丸の外観

こちらが宿泊するファーストキャビン(FIRST CABIN)京都烏丸です。私は鴨川から15分ほど歩きましたが、最寄は京都市営地下鉄 烏丸線「四条」駅から徒歩1分の好アクセスカプセルホテルです。

「ファーストキャビン京都烏丸」の詳細、予約はこちら⇒じゃらんnet

本日は以上です! 明日は京都の3つの観光スポットを早朝から巡り、夕方から兵庫に戻って神戸ハーバーランドを散策します^^

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