青函トンネル記念館や龍飛館で津軽最北端を知る!美しい弘前ねぷたも鑑賞☆

東北旅行

☆青森一周旅行シリーズ 2018年8月3日(2日目)☆

(出典www.its-mo.com/search/area/02/)

みなさんこんにちは!今日は津軽半島を北上し、最北端を目指します(*^^)v その後は弘前市へ移り、ねぶた祭りを鑑賞します♪

 

青森駅から三厩駅へ

皆さんは津軽半島最北端のJR駅をご存じでしょうか。三厩(みんまや)という駅です。まずはこの駅へ向かいます。


バスの本数が少ないことを想定し(笑)、津軽線の始発電車に乗ります。まずは青森駅から蟹田(かにた)駅です。

蟹田駅で三厩駅行き(右側の電車)に乗り換えます。普通電車ですが、社内にはトイレもありました。

三厩駅に到着です!

駅ホームの奥でレールが終わっています。津軽最北端の駅であることを実感しますね。

こちらが駅周辺の様子です。観光バスが停車している以外は、本当に何もありません(笑)。始発だからですが、駅員さん、バスの運転手さん、そして私しかいませんでした。

過去の旅行記で鹿児島では霧島神宮前駅、佐賀では吉野ケ里公園駅で駅周辺の人気(ひとけ)のなさについて投稿しましたが、三厩駅に到着したときは心細さMAXでした(笑)
(駅周辺は静かでも各観光スポットは素晴らしいですよ!)

時刻表です。ここも時間厳守のエリアですね。


当然観光案内所もありません。バス車内で朝食の納豆を召し上がっていた運転手さんに行き先を聞くと、ちゃんとこの循環バスで回ってくれるとのこと。安心しました(笑)

間もなくしてバス発車です。途中で地元の中学生が乗降していました。東京のバスと違うのは、乗るときに「お願いします」と運転手さんに必ず挨拶をすること。そしてバス停だけではなく、任意の場所で「お願いします」と伝えれば停まって降ろしてくれます。

三厩駅から30分ほどで「青函トンネル記念館」に到着です!

 

青函トンネル記念館

青函トンネルは青森と北海道を地下で結んでいるトンネルです。平成28年から新幹線も開通しています。
この記念館では、構想からトンネル開通までの歴史や技術を知ることができ、実際に地下坑道を探検することができるのです(∩´∀`)∩


バス停周辺には、トンネル発掘時に使用されていた機械が展示されています。

チケット売り場でチケットを買います。展示を見るだけ、坑道を探検するだけのチケットがありますが、もちろん両方セットのチケット購入です☆

 

探検坑道

坑道に入るため、トンネルの中にある列に並びます。

トンネル脇には青函トンネルに関する豆知識が書かれていました。


9時になり、さっそく乗車です。このオレンジ色の「もぐら号」という電車(でしょうか?w)で斜め下に降り、坑道に向かいます。

青函トンネル記念館から体験坑道へ向かう|青函トンネル記念館

こちらが体験坑道へ向かう途中で車内から撮影した様子です。電車がなくても移動できるよう、レール脇には階段もありますね。


約7分ほどで着きました、こちらが坑道です。ガイドさんが案内してくれるので、参加者全員が一緒に進みます。

トンネル内は海水が滴るため、それと真水を合わせて魚も飼育できるそうです。この魚は記念館のツアー用の魚なんでしょうか(笑)

当時使用されていた機械がずらりと展示されているトンネルを進みます。東北~北海道間の地層は様々な種類があったため、その地層に合わせて掘らないとトンネルが壊れ海水で浸水してしまうそうです。そのため、慎重に地層を確認しながら、その地層に合った方法や機械を使用して掘っていったのです。

残念ながらここから先は関係者以外は立ち入り禁止です。電車に再び乗り、地上に戻りました。

 

展示ホール

ここからは地上の展覧を観ていきます。

こちらは青函トンネルの構造です。

本坑は列車がとおる本トンネルで、新幹線が通れるように設計してあります。

作業抗は本坑と平行に掘られ、約600メートルおきに連絡横坑を設けて、本坑工事を推進するための工事通路の役割を果たしています。

先進導坑は本坑、作業抗の工事に先行して地質、湧水状況などの調査を行うパイロットトンネルです。

海底の地形や地質は、海の上からダイナマイトで爆発を起こして、その衝撃を分析して測っていたそうです。ダイナマイトってそういう時にも使用するんですね(゚Д゚;)

また、海上から発振した音波の反射を計測したり、人間が直接海底を観察しながら海底の土を掘る場合もあります。このように様々な方法で海底の状況を把握し、どのように掘り進めるかを検討しながら進めていたんですね!

そんな青函トンネルですが、掘り進める途中で幾度か出水事故が発生しました。

上の写真はその中で最も被害の大きかった昭和51年5月6日の様子です。毎分85トンで押し寄せる水をせき止めるために、全力で防水堤を造りましたが破られてしまい、作業坑が3キロメートルにわたって浸水してしまいました。

水を本トンネルに流し、排水作業で水は排出されました。作業坑は出水地点を右へ迂回して再開されたそうです。大変な苦労があったんですね。

二階に上がると、使用されていた機械や、トンネルの貫通を記念した岩が展示されていました。上の写真のアーチは、作業坑や先進導坑の同じ大きさを表現しています。

また、青函トンネルの構想から貫通までの歴史も紹介されていました。トンネルの構想は1923年からあり、1946年に地質調査が開始されました。

約40年もの作業を経て、1983年に先進導坑が貫通し、1985年に本坑も貫通しました。列車が開通したのは、その3年後の1988年です。現在は新幹線も通る青函トンネルですが、非常に長い年月や苦労を経て完成したんですね( ゚Д゚)

最後はシアターで青函トンネルの構想から開通まで解説した映像を鑑賞しました。

1階に降りた後、せっかくなので記念メダルを造ることに(*^^)v 裏面には、今日の日付と名前が彫られています♪

以上が記念館です。青函トンネルを開通させたことの大変さ、そしてそれを実現した人々の根性と熱意を知ることができました!

 

太宰治文学碑と、ゆかりの旧宿「龍飛館」

太宰治文学碑

多くの方が太宰治の作品を少なくとも1つは読んでいるかと思います。「人間失格」「走れメロス」など数々の名作を生みだした作家です。
太宰治はなんと青森県出身。ということで、近くにある太宰治記念碑に向かうことにします。

青函トンネル記念館から太宰治記念碑まで徒歩で向かいます(車やバスがないのでw)。Google Mapによると約15分くらいで到着できるようです。

車道をぐいぐい進んでいきます。海の景色がとても綺麗です(*´ω`*)

途中で太宰治文学碑と観光案内所の看板がありました。もうすぐですね!

ついに到着しました!こちらが太宰治文学碑ですヽ(^o^)丿

記念碑には作品「津軽」の一節が彫られていました。

なお、近くには牧野逸蔵という方の胸像もあります。龍飛から三厩までの道路を開通させ、村の発展に力をつくした方です。

近くの防波堤では釣りを楽しんでいる家族もいました。

気持ちいい場所なのでつい寄り道。防波堤に登ってみました。

青緑に光る綺麗な海です。沖縄にも引けを取りませんね(*´▽`*)こんな素敵な場所なら太宰治のように素敵な小説が書けそうな気がしてきます。才能と努力があればですが(笑)

 

龍飛館

文学碑の傍には太宰治が作品『津軽』の構想のため龍飛岬を訪れた宿「龍飛館」があります。現在は廃業していますが、太宰治が宿泊した部屋がそのまま残っており、資料館兼観光案内所となっています。

もともとは明治35年ごろから平成11年までの約100年間営業した「奥谷旅館」を改装してオープンしています。奥谷旅館は津軽半島最北端の宿として、太宰治や世界的板画家の棟方志功を始めとする多くの文人墨客を迎い入れました。

なお、上の写真の初代女将の奥谷たんさんは、作品『津軽』にも登場されています。

宿泊客の名簿も展示されていました。すごい!太宰治直筆の名簿です。職業欄には「作家」と書かれていました。

 

この観光案内所には、龍飛の歴史についても紹介されていました。

昔は交通が整備されておらず、病人が出た時の緊急時には船で青森まで運んだそうです。しかしそれでは不便という声から、牧野逸蔵という人が交通整備に携わります。先ほどの太宰治文学碑の近くの胸像の方ですね。そして現在のように津軽線が完成し、現在のように三厩駅から青森駅に行きやすくなったのです。

なお、その工事費用は地元で獲れたウニで賄われました。そのため、この青函トンネル工事で整備されたこの通りはウニ通りと呼ばれるようになりました。

この辺りの龍浜集落は現在は120人ほどの小さな集落ですが、青函トンネル工事により最盛期の昭和52年には約10倍の1,200人以上が居住して賑わいを見せていたそうです。

さぁ、こちらが太宰治が宿泊した部屋です!昭和19年5月、当時35歳の太宰治は『津軽』の執筆の際、3週間にわたり津軽地方を探訪し、津軽地方の風土や文化を取材しました。その際に外ヶ浜町蟹田~龍飛間の水先案内人を勤めたのが中学時代の親友のN君こと中村貞次郎さんです。中学時代の同級生のN君と一緒に飲んでいると、気持ちよくなったN君が歌を歌い始め、女将さんにもうそろそろ布団を敷きましょうか、と言われるというエピソードもあったとか。『津軽』にもその様子が楽しく描かれています。

最後は上のような記念はがきをもらいました♪

 

階段国道、龍飛岬灯台

階段国道とは全国唯一の歩行者しか通れない珍しい国道で、この地域の名所にもなっています。かつては現在のように整備されておらず、ちょっとした山道のような道路でした。しかし当時の中腹には竜飛中学校、上った先には竜飛小学校や病院があり、地元の人の生活に欠かせない道路だったそうです。

ここから龍飛岬を目指すのですが、そこへ上るまではこの階段国道を歩きます。龍飛館から5分ほど北へ歩くと、階段国道の端に到着します。

アジサイがたくさん咲く階段をひたすら上ります。

途中で郵便局の車が停まっていました。ここでは龍飛岬の記念切手やハガキが販売されていました。

20分ほど登ってついに到着、龍飛埼灯台です。

もう少し奥へ進むと、津軽海峡が見渡せる広場があります。

津軽半島最北端の地の風景|外ヶ浜町龍飛岬

ここが本州津軽半島の最北端!(≧▽≦) 海の向こうはうっすらと北海道が見えます。強めで涼しい風が最高に気持ちいです!なお、右側には下北半島が見え、こちらは旅行最終日に探索します。

別の道で降りていくと、パーキングエリアと売店がありました。

たくさん歩いてお腹がすいたので、売店「あっちゃの店」でイカ焼きを購入。

こちらは歩いて青函トンネル記念館に戻ってからいただきました!歯ごたえが良く、味がしっかりしていて美味しかったです☆

さて、津軽半島の名所を観光した後は、弘前駅に向かいます!

 

三厩駅から弘前駅へ

本日の宿泊先がある弘前駅に向かいます。行きと同じ津軽線で青森駅まで戻り、そこからJR奥羽本線で弘前駅に行きます。

簡単なようですが、時間は結構かかります。

 

青函トンネル記念館14時57分発⇒三厩駅
1時間ほど待って・・・
三厩駅15時33分発⇒蟹田駅16時13分着
蟹田駅16時34分発⇒青森駅17時14分着
青森駅17字28分発⇒弘前駅18時17分着

 

合計3時間20分。やっぱり青森は広いなぁ・・・( ;∀;)

さぁ、弘前駅に到着しました!

弘前市は青森県の中でも大きな街のようです。今日はねぷた祭りもあるため、駅ホームも人が多いですね。

みどりの窓口の前には大きなリンゴが!(゚Д゚;)

こちらが駅周辺の様子です。バスロータリーの他には、

「りんごの風」という銅像や、

りんごが乗ったポストがありました(笑)さすが青森、至る所でりんごがアピールされています☆

 

ねぷた祭|弘前市

今日は三大ねぶた祭の一つ「弘前ねぷた祭」を鑑賞します(∩´∀`)∩

観光案内所によると、あと30分ほどでスタートするとのこと。
ねぶたは一本の道路を通り、駅に近い方が弘前パークホテルまで進むため、この付近の十字路に待機することにしました。

本当は郷土料理が楽しめそうな居酒屋で夕食を取りたかったのですが、今日通った道では幾つかのオシャレなカフェやバー以外は、チェーン店を覗いて居酒屋はほとんどありませんでした。

ということでお祭りらしく普通にホタテ焼きと焼き鳥を食べました(笑)

今日はこの十字路で鑑賞することにしました。多くの地元民や観光客で賑わっています。

早速お祭りスタートです。弘前ねぷた祭りでは、掛け声が「ヤーヤァ、ドー!」で、青森ねぶた祭の「ラッセーラー!」とは違いました。


また、ねぶたの形もほとんどが扇型をしており、その中で各団体が個性豊かな装飾を施したねぶたを披露していました。

大きさは青森のねぶたほどないものの、繊細で美しい装飾に見ごたえがあります。

中にはちょっと変わった形をした可愛いねぶたも観られます。

弘前ねぷた祭りで回転するねぶた|青森県弘前市

ねぶた祭りも地域によってねぶたや掛け声に違いがあるんですね! 今夜も素敵なねぶたを鑑賞することができました(*´ω`*)

 

弘前プラザホテル

さて、本日お世話になるホテルは「弘前プラザホテル」です。弘前駅から歩いて10分強の場所にあります。

綺麗なお部屋で、ゆっくりくつろげそうです。

「弘前プラザホテル」の詳細、予約はこちら⇒じゃらんnet

本日は以上です。明日は五所川原方面に向かい、津軽三味線や太宰治記念館の「斜陽館」、そして五所川原ねぶたを楽しみたいと思います^^

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